1)これまでの臨床と研究の成果
めまいメニエール病センターは、大学を退職し、2006年5月9日に開設しました。12年が経過し、その間、学会や研究会の特別講演やシンポジウム17、学会・研究会の発表64、厚労省研究班の報告16と、研究活動もつづけてきました。臨床体験で得られた知見を報告し、その成果を患者さまに還元するためです。2018年4月「患者体験とデータベースに学ぶ、めまいは日常生活習慣病」の演題名で、日本耳鼻咽喉科学会地方部のある会で講演しました。12年間の臨床体験は正に「患者体験とデータベースに学ぶ」に要約できます。
当施設では専門に特化し、1万人を超える方々が受診し、すべてのカルテ資料を、詳細なデータベースに入力してきました。混沌とした現象も、多数の経験や記憶が積み重なると、しだいに共通性や規則性が明らかになってゆきます。その視点からデータベースを集計すると、新たな発見があり、これまでの常識の誤りが判明します。今回、これらの成果を元にホームページを大幅にリニューアルしました。主な成果は次のようなものです。
- メニエール病に有酸素運動がきわめて効果的なこと、これの実践で回転性めまい発作はすぐに消失し、長い罹病期間で固定した難聴も改善する例のあること、難聴は改善しなくても、耳鳴、耳閉塞感が軽快、消失し得ることを、たびたび報告してきました。メニエール病患者さまが1,300余名受診し、データベースの集計分析から、病気の全体像が判明しつつあります。いったん発症すると、特別なストレスがなくても、少しずつ難聴が進行します。その要因が何か、どのような対策が現状でベストか、患者さまに注意を喚起し、アドバイスしています。
- 患者さまの70〜80%の病因が、低い枕と有害な生活習慣に起因し、原因が浮遊耳石であることを早くから報告し、対策をアドバイスしてきました。大多数が、これらを正すと短期間で改善しますが、ごく少数例が頑固に抵抗し、これらの症例でなぜ遷延するかは、今後の研究課題です。
- 病因のはっきりしない耳鳴、難聴、耳閉塞感の多くが、浮遊耳石に由来し、生活指導で早期に改善、消失することを報告してきました。「浮遊耳石症」の概念を新たに提唱し、現在も病態を臨床的に研究しています。
メニエール病の誤診が夥しく多く、その理由が「良性発作性頭位めまい症」の診断基準の不十分や、「メニエール病診療ガイドライン」の不適切にあることを指摘してきました。 - 病因が不明で、長期間ゆらぎが続き、QOLをいちじるしく損なう難病に「下船病」があります。多数の患者さま体験とデータベース集計から、病気の性質が少しずつ明らかになってきました。予後の多様性、次善の対策、脳脊髄液減少症が一部にあることを報告してきました。
- めまい疾患、難聴・耳鳴疾患では、しばしば投薬されますが、効果のある薬剤はなく、むしろ有害であることが、患者さまの体験から判明しています。当施設では投薬をほとんどしなくなりました。
今回のホームページリニューアルに当たっては、理解を助けるために、「研究資料 バランスの仕組み」(PDF)を新たに加えました。内容が理屈っぽくなりますが、生体の仕組みの巧妙さを楽しんでいただければと思います。「めまいの病気」の項でも、データベースの集計結果や、学会や研究会、論文で報告した内容を、資料として貼付しました。とりわけ、ライフワークとしてきたメニエール病、難病の下船病、最近急増している浮遊耳石症を詳しく解説しています。
2)施設の受診状況
上図、上段は過去12年間の患者さま10,607名の集計結果です。10代未満、90代はきわめて少数ですが、あらゆる世代にわたっています。女性が男性の2.1倍で、とりわけ30代、40代の女性が目立ちます。上図、下段は同一対象の疾患内訳です(疾患の重複なし)で、実に浮遊耳石症(良性発作性頭位めまい症を含む、浮遊耳石由来の症状)単独が77.1%に上ります。実際には、他疾患に分類された患者さまも、浮遊耳石症を合併することが少なくないので(下図)、病名重複の集計であれば、浮遊耳石症が全体の80%以上をしめます。
下図、上段は、全体にしめるメニエール病確実例と疑い例の割合です。全体ではメニエール病確実例が13.3%、疑い例が1.2%、あわせると全体の14.5%をしめます。浮遊耳石症にくらべはるかに少ない割合です。下段は、疑い例を含むメニエール病1,533名で、経過中に浮遊耳石症を合併した割合です。興味深いことに、加齢とともに浮遊耳石症の合併割合が増加し、50代、60代、70代、80代で、それぞれ21.3%, 33.3%, 47.4%, 77.3%でした。
以上をまとめると、浮遊耳石由来のめまいや耳症状が頭抜けて多く、メニエール病も例外でなく、本症の合併が少なくないのです。しかも、受診時に検査で典型的な良性発作性頭位めまい症の所見を示す割合も低く、誤診が多くなる要因となっています。浮遊耳石代謝はいまだに不明な部分が多く、これだけ頻度が高いと、他の原因不明の内耳疾患や症状―突発性難聴、前庭神経炎、低音障害型感音難聴、多くの耳鳴など―に浮遊耳石がかかわる可能性を否定できません。今後の研究課題です。