08. 乗り物酔い

1)酔いの感受性と性質

学童で多いのが乗り物酔いです。しかし、実際に受診する方は少なく、2018年4月時点で、20歳未満162名中2名、1.2%でした。酔い感受性は個体差が大きいのですが、浮遊耳石症があると、加速・減速・遠心力で半規管内を移動し、発症しやすくなります。乗り物酔いは小児に多い症状ですが、検査で調べると、意外なことに、もっとも感受性の高いのは成人です。誰もが経験する不快な症状ですが、脊椎動物の進化で獲得された現象で、生物学的に必然性があるのです。私は過去に10年間、乗り物酔いなど動揺病を研究していました。本現象はめまいの理解にも有効です。

動揺病スコアの経過

宇宙飛行士がかならず受ける検査に、コリオリ刺激があります。この手技を利用して、成人の乗り物酔い感受性を調べました。被験者に電動回転椅子に坐ってもらい、椅子の回転中、メトロノームに合わせて、頭部を前屈、左下、後屈、右下と傾斜してもらいます。傾斜のたびに奇妙な感覚を覚え、早晩、乗り物酔い症状(冷や汗、口の渇き、吐き気、顔面蒼白、嘔吐など)が誘発されます。健康成人12名に、吐き気で我慢できなくなるまでつづけてもらいました(上図)。縦軸が不快症状の判定基準によるスコア、横軸が検査をつづけた秒数です。

この検査から興味深い事実が判明します。第一に、任意に選んだ12名の成人でも、1分から10分までばらつき、酔い感受性は個体差が大きいのです。しかし、感受性の低い人(10分つづけられた人)も、長く刺激にさらされると、我慢できなくなります。第二に、酔いは軽い症状から次第に重い症状に変わり、時間とともに蓄積されてゆきます。第三に、いったん発症すると、刺激を中止(椅子の回転停止)しても、酔いはしばらくつづきます。第四に、もっとも強い不快症状である嘔吐がおこると、酔いは急速に軽快してゆきます。

2)酔いの生物学的な意味

各30秒毎の重心移動記録

コリオリ刺激以外にも、実験的に酔いをおこすことができます。被験者に左右逆転眼鏡を装着し、野外を歩いてもらうと、すぐに酔いが誘発されます。めまいやゆらぎを訴え、歩けなくなります。上図は歩行前と、酔いの発症直後から、被験者に重心動揺計にのってもらい、30秒毎にゆらぎを記録したものです。酔い発症直後は大きくゆらぎますが、ゆらぎは急速に減少し、2分ほどで消失します。ゆらぎが消えても、酔いはしばらくつづきます。この結果は、回転台で頭部を傾斜したときのゆらぎと、基本的に同一です。誘発方法は異なりますが、脳内の外界基準が静止外界でなくなると、これを元に制御される姿勢が不安定となり、異常感覚を覚え、警報として不快症状が誘発されるのです。

自然界でも、移動中の獣の母親にしがみつく子、川の激流に流されるサカナ、突風にあおられるトリ、揺れる枝上のリスなどでは、脳内の外界基準が移動してしまいます。これらの状況でも、静止外界の情報が眼から入ってくれば、巧妙な脳内の仕掛け(「バランスの仕組み」参照)で、合目的な安定した姿勢となります。しかし、静止した外界の情報を欠くと、移動空間の加速、減速、遠心力に反応し、感覚と姿勢がこれにしたがい、めまい感覚がおこり、姿勢がゆらぐのです。

波動センサの性質から、移動する閉鎖空間の中で、ゆらぎを避けることは不可能です。この対策として、自然界では進化の過程で、ゆらぎが嘔吐中枢を刺激し、移動空間から遠ざかるよう、また以降、類似の環境を忌避するように、不快で条件づける戦略がとられました。つまり、不快が警報として働いているのです。金魚鉢をゆすると、金魚は安定な姿勢をたもつことができず、体軸が傾斜し、餌を食べなくなります。サカナも乗り物酔いにかかるのです。

3)酔い感受性の年齢変化

乳幼児は抱かれたり、乳母車の移動など、移動空間に曝されることが多く、酔いがおこるのは好ましくありません。一人で歩いたり、走ったりできるようになるまで、不快の警報のスイッチが切られている可能性があります。過去に、この可能性を調べる研究をしました。小児用の小型の左右逆転眼鏡を制作し、4歳から15歳までの幼児、小学生、中学生に装着して、野外の公園、室内、校舎屋上で歩いてもらいました(下図)。酔い発現の有無と程度、酩酊歩行や歩行不可など、バランス障害の有無、程度を観察しました。入学前の幼児は、頭痛以外に明らかな酔い症状をしめしませんでした。しかし、酩酊歩行(下図、左下)、移動不能(下図、下左より)、転倒(下図、下右より)、起立不能(下図、右下)など、高度なバランス異常が観察されました。年齢が上がるにしたがい、酔いがあらわれ、高度なバランス異常はあらわれなくなりました。

小児の装着歩行実験(1991-2) 4-15歳、90名

下図は集計結果で、赤い縦軸は明らかな酔い発現の割合、青は酩酊歩行、歩行不可などバランス異常の割合です。4歳児ではゆらぎが高率にみられますが、不快症状は観察されません。しかし、5歳児から不快症状があらわれ、学童期に割合が大きくなってゆき、逆にゆらぎの割合は低下します(下図)。不快症状はゆらぎが暴走するのを防ぐ働きをしています。自然界で、身体がゆらぐと吐き気がおこり、移動空間から脱出する条件つけとして機能することが、実験的に立証されました。

実験的動揺病で、揺らぎの起こる割合と酔いの起こる割合

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